東大卒無職が働かずに生きるブログ

サラリーマンに向いてなさすぎる東大卒の考えたことなど

退職届提出

ついに今日退職届を提出した。

今日は早朝覚醒で5時半に目が覚めた。最悪の気分だった。曇天。

けだるい体を引きづって会社に行き、上司と合流した。天気が悪いからか、上司もテンションが低いみたいだった。

 

手続きはただ淡々と行われた。昨日もらってきた新たな診断書を提出し、各種書類に住所やら名前やらいろいろ書いた。今日は総務の人やちょっとえらい人も来て、説明やら雑談やら……。そして、6月29日に最後に会社に行くのが最後になる。ずっと仕事辞めたいと思っていたのに、抑うつのせいなのか、全然うれしくなかった。

退職届を書いて、会社をでると、おあつらえ向きに大雨になっていた。

 

そのあとは、新たに一件研究室訪問をした。ホームページの印象ではやさしいお爺さんという感じの教授だったが、はっきりいって印象はかなり悪かった。全然情報を開示しようとしないし、どこかけんか腰である。色々な情報を総合して考えるに、多分この人は誰に対してもこういう態度なのだろう、と感じた。人当たりが悪いまま、何十年も生きたこの人は、どんな人生を歩んできたのだろうか。性格が朗らかでないことにより、何かと損してきたのか。それとも、そんなことは何一つ気にせず生きてきたのか。……まあどっちでもいい。大事なのは、こうして研究室訪問を事前に行ったおかげで、少なくとも今後二年間をこの人物の指導下で過ごすという悲劇を回避できた、ということであろう。基本だが、やはり研究室は事前によく見ておいたほうがいい。

 

睡眠不足のせいか、よく鬱のせいか、よくわからないが、何か焦燥感を感じる。不安、孤独もセットだ。退職ということは、やはり私にとってもそんなに軽いものではなかった。もはや、レールをはずれたと言い切れる。社会から取り残されていくような感じ。自分ですらこのような感覚を抱くのは少し意外だった。

メンタルの為にも、今日は少しプールで泳いだりしたが、やはり気分はよくない。最近梅雨で天気がクソだからだろうか。

 

まあもうあらゆる意味でしかたがない。

今までの人生を振り返っても、似たような修羅場、逆境、困難は山ほどあった。そのたびに私は勝ったり、負けたりして生き延びてきたのだ。今回の出来事も、数年後には笑い話になっていてくれ。「あの時はマジでやばかったわ」、と。

 

ある人は言った。心の病気は人生における課題を乗り越えるためにあるのだと。

救われる言葉だ。私は今の状況を乗り越えて、一皮むけた自分になりたい。新たな景色をみたい。そのために、また自分という存在を懸けて、買ったり負けたりしていくのだろう。

 

ある意味では、今私は生きている感じがする。それはリストカットをする人が痛みのなかに生の感覚を見出すようなものなのかもしれない。

 

 

苦しんではいるが、今日の行動に後悔はしていない。